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所要時間 20分ほど
あらすじ 昔々。魂を喰らう鬼たちが村を襲った。1人生き残ってしまった百姓の佐吉は、その隅で木箱を開け、何かを集める不思議な少年若に出会う。彼に興味を持った佐吉は若と行動を共にすることにする。

登場人物
佐吉(さきち)……23歳。百姓の男。小さな村で両親と15歳の妹と共に暮らしていた。ある日、村を鬼に襲われたった1人生き残った。
若(じゃく)……15歳くらいの見た目をした少年。鬼が現れるところに現れ、不思議な箱を背負い、何かを集めている。

 

佐吉『村に鬼が出た。1、2体なんてものではない。はっきりと覚えてるわけではないが……20体くらいいたのではないかと思う。村人よりも大柄で、2本の角を額に生やしたあいつらは家々を壊し、人々を捕らえ、何かを吸っていた。鬼に何かを喰われた村人はすぐに動かなくなった。僕はのちに、鬼たちは人の魂を喰らっていたということを知ることになる。
 僕はこの村でただ1人、生き残ってしまった。両親も妹も、鬼に襲われ死んだ。
……涙は不思議と出なかった。自分でも驚くほどに、ただひたすらに落ち着いていた。
 そのせいだろう。彼の存在に気が付いたのは。その少年は、地獄絵図が広がる中、彼の背中くらいの大きさの木箱を抱えていた』

佐吉 君、なにしてるの?
若  え?
佐吉 こんなところで、危ないよ。僕が言えたことではないけど……君も襲われてしまう。
若  僕は大丈夫だよ。だって……僕はあいつらには見えないもの。
佐吉 え?

佐吉 『少年は答えた。少年の抱えている木箱には、よく見ると、光り輝く玉がいくつも飛び込んできていた』

佐吉 その玉は……なに?君は一体、なにを集めてるの?
若  人の魂。
佐吉 え?
若  鬼たちはね、人の魂で腹を満たしてるんだ。一度鬼に喰われてしまった魂は転生することができなくなる。
佐吉 ……
若  だから僕はなるべく多くの魂を救うために、こうして鬼が現れると、この木箱を持って駆けつける。この木箱は一時的に魂を守ることができる。一度体を離れてしまった魂を肉体に戻すことはできないけど、それでも、転生させることができる。鬼に喰われるのよりは幾分いいでしょ。
佐吉 ……君は何者なんだ?どうしてそんなことをしているんだ?
若  ……

佐吉 『彼はその質問には答えてくれなかった。ただ、話してみて、彼は人間ではないかもしれないけど、鬼のような危険な存在ではないことが僕にはわかった』

佐吉 ……鬼が退いていく。
若  今日の狩りはここまでなんだろう。と言っても、君以外の人間はみんな死んでしまったようだけど。
佐吉 ……
若  ……悲しくないの?みんないなくなっちゃったのに。
佐吉 よくわからないんだ。突然のことで頭の整理がついていないのもあると思う。
若  そうか……
佐吉 ねえ、君。
若  なに?
佐吉 君はまた、鬼を追って、人々の魂を守るんだろ?
若  うん。そうだけど。
佐吉 一緒について行ってもいいか?
若  え?
佐吉 畑仕事しかしてこなかった男だから、何にもできないと思う。それどころか、足を引っ張ってしまうと思うけど……
若  村はいいの?
佐吉 いいもなにも、僕しかいないんだ。どちらにしたってここにはいられない。
若  そうか。じゃあ、好きにしたらいいと思うよ。
佐吉 ありがとう。そう言えば君、名前を聞いていなかったね。僕は佐吉。今更だけど、よろしく。
若  ……若。
佐吉 若?それが……君の名前?
若  うん。
佐吉 そうか。若……変わった名前だね。

佐吉 『僕は少年についていくことになった。正直、そんな深い考えがあったわけではない。気が動転していたせいでもあるだろう。でも、彼のやっていること、そして彼のことがとても気になったのだ。どうして人間の魂を回収するなんてことができるのか。どうして、そんなことをしているのか。彼について行けば、少しは彼のことがわかるんじゃないか。そんなふうに思った』

(別の小さな村。数匹の鬼が人を襲っている。その横で若が箱を開き、静かに座っている)

佐吉 若には、あの鬼たちを倒す力はないの?
若  ない。ないからせめて、魂を食べさせないようにしている。
佐吉 そうか……鬼を倒せる人はいないの?
若  今は……いない。
佐吉 今は?
若  鬼を封印できる存在っていうのは特別なんだ。だからしょっちゅう生まれてくるものじゃない。数十年に一度、いや、数百年に一度かもしれない。
佐吉 そんなに稀なことなのか……
若  鬼は長い間、封印されていたから。必要がなかったんだ。
佐吉 でも封印が解かれた。どうして?
若  ……
佐吉 ああ、ごめん。君だって全部を知ってるわけじゃないもんね。
若  ……ごめんなさい。
佐吉 謝ることじゃないさ。じゃあつまり、その英雄が生まれてくるまで、時間稼ぎのために君は魂を守っていると……
若  うん。鬼たちが地上の魂を全て平らげてしまうかもしれない。そうしたら人間は生まれなくなってしまう。
佐吉 それは……困るな。
若  魂の循環が早いと英雄も生まれやすくなる。だからこそ余計に鬼から魂を守る必要があるんだ。
佐吉 なるほどね。重要なことをしているんだ。君は。
若  ……本来必要のないことではあるんだけど。
佐吉 え?
若  ううん。何でもない。

(鬼が去った後の村。若と佐吉は死んでしまった村人たちの埋葬を手伝っている)

佐吉 子供が泣いていた。
若  子供?
佐吉 きっと今埋葬しているのがお父さんなんだと思う。
若  ……
佐吉 僕も子供だったらあんなに泣くことができたのかな。
若  ……
佐吉 幼い頃から百姓で、決していい暮らしではなかった。生活するだけで手いっぱいで。感情なんて持ち合わせているとやってられなくなる。
若  ……
佐吉 だからだろうな。家族を失ってもなにも思うことができなかった。悲しみというのを……いつのまにか忘れてしまっていたみたいだ。気がつかなかったよ。ああ、ごめん。なんか変な話をしてしまって。
若  ……ごめんなさい。
佐吉 若?
若  ごめん……なさい。

(別の日、別の村)

佐吉  鬼はいるけど、奴ら、家を壊さないね。
若   生臭い……魚の……頭?
佐吉  イワシかな。
若   イワシ?
佐吉  どこの言い伝えかは知らないけど昔から言うんだ。鬼はイワシの頭が嫌いだって。まさか本当に効くとはね。
若   へえ……人間っていうのは強いな。
佐吉  え?
若   どんな危機がやってきても、たとえ敵わない相手でも、何とかしようって考えて諦めない。あのイワシの頭だってそうだ。もしかしたら迷信かもしれない。守ってくれないかもしれない。だけど、やってみる。希望をかけてみることができる。
佐吉  君は、そうじゃないの?
若   僕は……僕は弱いし、だめなやつだ。
佐吉  ……
若   ……

佐吉 『若はそう言って黙ってしまった。その顔はとても複雑な顔だった。悲しいのか、苦しいのか、憂いているのか……どれにも見えるような顔だった。それ以来、彼の顔が晴れることはなかった。その理由は、その後わかることになる。夜、野宿をしている時、彼はぽつりぽつりと語り出した』

若  ……僕がいた集落は、山の奥にあってね。
佐吉 え?
若  少し特殊な一族だったんだ。英雄が生まれやすくて、そうでなくても特別な力を持つ人が多かった。
佐吉 特別な力?
若  その1つが、「鬼の封印を結び直す力」
佐吉 結び直す?
若  今暴れている鬼たちは、ずっと昔に英雄によって封印されていた鬼たち……封印は綻びやすいから、力を持つものが定期的に結び直す必要があったんだ。
佐吉 じゃあ、今鬼の封印が解かれたのは、封印ができる人間が生まれなかったって……そういうこと?
若  そうじゃないんだ……
佐吉 じゃあ、どうして鬼たちが暴れて……
若  僕のせいなんだ。
佐吉 若?
若  僕はさっき話した、鬼の封印を結び直す力を持って生まれてきた。もう少ししたらその役目を果たさなければいけなかった。でも僕は落ちこぼれだった。なにをするにしても人よりも遅くって、なにもできなくって……こんなダメなやつにそんな大事な役目が務まるとは思えなかった。
佐吉 ……
若  そんなふうに考えてたらどこかから囁きが聞こえてきたんだ。「そもそも祠を壊してしまえば、お前はその役割から解放される」と。
佐吉 ……
若  だから……だから僕は、鬼が封印されている祠を壊したんだ。
佐吉 ……
若  今の惨劇は僕の心の弱さが……僕が引き起こしたことだ。だから……その……
佐吉 なんだって?
若  ……!!
佐吉 ……つまり……つまり、お前のせいなんだな。
若  ……
佐吉 お前が、しっかり努めを果たしていれば、鬼の封印を解いたりしなければこんなことにならなかった。そういうことだろう?
若  ……
佐吉 お前が……お前が!!村の人たちを、僕の家族を殺したんだ!!
若  ごめんなさい……本当に……ごめんなさい。
佐吉 ごめんなさいで済むわけがないだろう!お前がいくら謝ったところで、一度死んだ家族は戻ってこない!
若  ごめんなさい……ごめんなさい……
佐吉 お前が……お前が全部奪ったんだ。(泣き崩れる)
若  ごめんなさいごめんなさい。

佐吉 『若の話を聞いて、僕の心の中では怒りと憎しみと……悲しみが込み上げてきた。家族が死んだ直後には感じることができなかった感情……』

佐吉 ……取り乱した。
若  ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……
佐吉 ……少し1人になりたい。
若  ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……

佐吉 『怯える若を後にし、僕は近くの湖に足を運んだ。こんなに怒りに、憎しみに身を預けたのは初めてだったと思う。まだ若への憎しみはマグマのように煮えたっている』

佐吉 ……まだこんなに怒って泣くことができたんだな、僕は。

佐吉 『家族を失ったことに対して、泣くことができた。まだ僕の中には感情が存在しているようで、それが嬉しくもあった。怒り、憎しみ、悲しみ、そして嬉しいという気持ち……全てがぐちゃぐちゃになって、何だか不思議な気分だった』

佐吉 『……彼も彼なりの苦悩や葛藤があったのだろう。そうは思っていても、彼のことを許せるかというと話は別だ。でも……許せないからといってどうするのだろうか?彼のことを殺すか?復讐するのか?そんなことをしたところで失った家族は戻らない。僕はしばらくの間、月明かりに照らされた、静かな湖を見つめていた』

佐吉 落ち着いた?
若  佐吉……
佐吉 僕も少し混乱してしまってた。ごめん。
若  佐吉が謝ることじゃない。僕はそのくらいとんでもないことをしてしまったのだから。
佐吉 ……若はどうして、魂を鬼から守ることをしているんだ?その力を持っていたから?
若  それもそうだけど……それが僕にできる、唯一の罪滅ぼしだから。
佐吉 ……
若  僕のせいで多くの人が命を失った。怖い思いをした。とんでもないことをしてしまったと思っているし、償い切れるものではない。でも、だからと言って僕はなにもしないわけにはいかない。
佐吉 うん。
若  英雄が現れて、鬼を退治してくれるのがいつになるかわからない。僕が生きている間には生まれてこないかもしれない。僕の一生は、鬼から人の魂を守って、守りきれなくて、それで終わるかもしれない。でも僕はやらなきゃいけないんだ。それが僕に課せられた罰だというのであれば、僕はそれを受け入れなきゃいけない。
佐吉 そうか……若は自分が弱いって言ってたけど、十分強いよ。
若  え?
佐吉 自分の過ちを受け入れて、罰を受ける覚悟がある。
若  それは……
佐吉 誰にでもできることじゃない……まあ、だからと言って僕は君をすぐに許せるというわけではないんだけど。
若  ……
佐吉 でもいつか、君を許したいと思う自分もいる。君に罰を受ける覚悟があって、罪を償うつもりがある以上。
若  佐吉……ありがとう。

(森の奥から物音がする。)

若  なんだ……?
佐吉 動物?
若  何だかすごい数近づいてくるみたい……
佐吉 これ、もしかして……
若  鬼たちだ。

佐吉 『森の木陰から姿を現したのは鬼たちだった。しかも複数の』

佐吉 何だこいつら、どうして……
若  人がいれば何でもいいんだ。
佐吉 それにしたってどうしてこんな数……どうにかできない?
若  そんなことできないよ……
佐吉 そうだよね……僕たちもここまでか。
(佐吉が鬼に捕まる)
若  佐吉!
佐吉 若……せめて僕の魂を……守ってくれ……生まれ変われなきゃ、お前のこと、許せないだろ……
若  やめろ……佐吉を離せ!
佐吉 た……のんだ……
若  や、やめろー!!

佐吉 『若が叫ぶと、突然、彼の体が光出した。そして胸の辺りから玉が出てきた。それは……見慣れた魂だ。肉体を離れた若の魂は、より輝き出した。僕も、そしてそこにいた鬼たちも、あまりの眩しさに目を覆った。次に目を開けた時、鬼たちはまるで石にでもなってしまったかのように固まってしまっていた』

佐吉 一体……なにが起こったんだ?
若  わからない……でも。
佐吉 ?
若  鬼たちが封印されてた姿に似ている……
佐吉 ということは、この鬼たちは今封印されてるってこと?
若  う、うん……
佐吉 だって、若には鬼を封印する力がなかったんじゃ?
若  僕も一体何が何だか……
佐吉 まあ、とにかく、僕たちは助かったんだな。
若  うん。
佐吉 よかったあ……
若  佐吉、大丈夫?
佐吉 大丈夫……じゃないかな、うん。なんか体の力抜けた……
若  そう……だよね。
佐吉 ありがとう。若。
若  ……うん。

佐吉 『若はだめなやつなんかではなかった。彼は鬼の封印を結び直す力だけでなく、鬼を封印する力、英雄の力を持っていた。なぜ今になって力が使えるようになったのか、僕にも、若にもわからなかった。わからなかったけど、とにかく彼のおかげで僕たちは助かった』

佐吉 村に戻るんだね。
若  うん。村に戻ってやり直すことにする。そしてこれから先、僕が責任を持って鬼を見張る。それが罪を償うことになるかわからないけど……
佐吉 鬼の番人ってことだね。
若  そう……だね。
佐吉 うん。いいんじゃないかな。人々を守ることにつながるし。
若  佐吉はどうするの?これから。
佐吉 わからない。どこか別の村で、また一から始めるよ。
若  そうか。じゃあここでお別れだね。
佐吉 うん……じゃあ若。元気でね。
若  佐吉も。
佐吉 今度は自分に負けちゃだめだぞ。
若  うん。
佐吉 僕が許せるくらい、頑張れよ。
若  うん。

佐吉 『山の奥深くにある集落。そこには、鬼から人々を守り、その鬼たちを見張り続けた英雄の話が、今なお言い伝えられている』


(了)